2023年1月13日金曜日

私の文学史:なぜ俺はこんな人間になったのか?- 町田康

 NHKのラジオ韓国語講座をネットの聞き逃し配信で聞いていた時に、他のラジオ番組のリストの中に町田康の文学講座を見つけた。その時は12回講座の中盤の数回分しか聞けなかったのだが、井伏鱒二の魅力や太宰治との違い、影響を受けた芸能のこと、面白いエッセイを書く秘訣などが語られていた。後になってこの講演が書籍になっていることを知り、ポイント消費も兼ねて電子書籍で購入した。

初めて読んだ町田康の小説は、ずいぶん昔に図書館で借りたオムニバス短編集に収録されていた「一言主の神」だった。おそらく実在する神話をもとに書かれた短編だと思うのだが、内容も文体もよい意味で「めちゃめちゃ」で、それまでに読んだことのない不思議な短編だった。当時の私は文章に変なこだわりを持っていて、美しい文章でなければ好きになれないようなところがあったのだが、町田康という人の小説には言いようのない魅力を感じた。乱暴であってもどこか気品があるように思えるのだ。それと同時に、何か自分に似ているところがあるようにも感じた。だから、この本の副題「なぜ俺はこんな人間になったのか?」に興味を覚え、自分とどんな共通点があるのかを知りたいと思ったのだ。

町田康は小学生の頃に出会った「物語日本史」シリーズで歴史や昔のもの、古いものに興味を持つようになり、読書の幅を広げて北杜夫や筒井康隆を発見した。筒井康隆の本には本音と建て前の「本音」の部分が書かれていることに感銘を受けるのだが、その「本音と建て前」がこの講演のベースになっているように私は感じた。よい小説とは建て前という殻を破り、恥も弱さも醜さもすべて含めて本当のことが書かれたものだと著者は言っているように思う。詰まる所、格好つけるな、ということなのだろう。パンク音楽に触れたところでも、70年代にはニューヨークパンクとロンドンパンクがあって、ニューヨークパンクは大卒のインテリがやっていた音楽だったが、ロンドンパンクは無学文盲だったという。町田康が惹かれたロンドンパンクはインテリの持つ建て前のない本音の音楽だったのだろう。面白いエッセイを書く秘訣は自意識を捨てることだという。これもやはり本音と建て前につながるように思う。

町田康の小説やエッセイは一見軽く書かれているように思うが、こうした深い洞察があっての文章だと知って、これまでに読んだ作品をもう一度読み返してみたいと思った。そして、人としての町田康がますます好きになった。

 

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