2023年3月8日水曜日

はだしのゲン - 中沢啓治

 少し前に、広島市の教育委員会が「はだしのゲン」を小学校の平和教育の教材として掲載しないことに決めたというニュースを読んだ。生活苦で浪曲を歌って日銭を稼いだという描写は今の子供たちには理解しにくいことや、食べるものがなくて近所の家の鯉を盗んだという箇所は倫理的に問題のあることが理由だという。そうでもしなければ生きられなかったほど悲惨な状況だったということを教えるべきではないのかとも思うが、差し替える教材のほうが適切で多くを学べるというのであれば仕方がないのかもしれない。

このニュースを耳にして、「はだしのゲン」をどこかで読めないだろうかと考えた。というのは、これまで「はだしのゲン」を最後まできちんと読んだことがなかったからだ。

小学4年生か5年生の頃だったと思う。母が「はだしのゲン」全巻を誰かから借りてきて、私に読むようにと渡した。当時の私はかわいらしい絵の少女漫画しか読んだことがなかったせいか、少年漫画のいかつい絵に抵抗感を覚えた。その頃に原爆について多少でも知っていることがあったのかは思い出せないが、「はだしのゲンを」きちんと最初から読んだのかどうかも覚えていない。もしかしたら、単にページをめくっていた最中に、皮膚が焼けただれて街中をさまよう被爆した人々のショッキングな描写を見てしまったのかもしれない。それがあまりにも怖くて、部屋の中に「はだしのゲン」の漫画本があることさえもが恐怖だった。家の中にいて飛行機の音が聞こえると、原爆が落ちてくるんじゃないかと不安になったこともある。同じ頃に母が子供向けの図鑑のようなものを買ってきた。その見開きのカラー写真に、原爆で背中に受けた火傷がケロイドになった人の写真が載っていた。それが載っているというだけで私は怖くてその図鑑に近づくことができず、果てにはそのページを破いて捨ててしまった。そのくらい原爆は私にとって恐ろしいものだった。

だから当然その後も「はだしのゲン」を読んだことはなかった。今回、この「はだしのゲン」のニュースを耳にして、大人になった今ならもう「はだしのゲン」を読めるような気がして、どこかで読めないものかと探してみたところ、図書館の電子書籍で借りられることがわかった。そこで、さっそく借りて全巻を読んだ。

ただただ怖くて傍に置くことさえ厭だった本も、さすがにこの年齢になると理性的に読める。「はだしのゲン」は原爆の被ばく体験記だとずっと思っていたけれど、原爆投下とその直後のことはこの長編漫画の一部でしかない。むしろそれから何年にもわたる差別や悲惨な暮らしのほうが色濃く描かれている。原爆を落としたアメリカや戦争を長引かせた日本軍に対する憎しみはもとより、被爆者というだけで同じ日本人から受けた差別にも大きく触れている。住む家も食べるものもない環境の中、身を寄せた母親の親友の家では、意地の悪い姑にいじめられ、米を盗んだと責められる。被爆者に近づくと原爆症になると信じていた人も多く、困っているゲンとその家族や仲間たちを助けてくれた人は少ない。さらに、幸い原爆の被害を逃れて生き残った人たちも、ある日突然原爆症を発症して次々と命を落としていく。そんな中、ゲンと原爆孤児の仲間たちはたくましく生きていく。

私自身の経験から考えると、小学校の教材として「はだしのゲン」がふさわしいかどうかは何とも言えない気がする。私には恐怖心しか残らなかったから。ただ、世の中のことが少しでも分かるようになったら、絶対に読むべき本だと思う。世の中に不審な空気が漂うようになってきた今こそ、「はだしのゲン」の意図するメッセージが世界中に届くことを願わずにはいられない。